立ち戻りたいときの道標
こんばんは、doraです。
今さっき気づいたことを記します。
ちょっと先のわたしが立ち戻りたいときに読んでほしいなと思って、タイトルをつけました。
数ヶ月前に書いた文を見返してみて、あーこんなこと思ってたっけ、あれ、今やってる!とか、そうそう、これ大事だよね〜とか過去の自分に共感できるのが面白い。
多分また同じように面白がったり、立ち戻ったりするんだろうなー。そんな文字を綴っていけたらいいな。そして、それを見て、同じように面白がってくれる人がいれば楽しいな。そう思いながら。
少しずつここで文字の可能性を更に模索してゆきます。試行錯誤の過程も楽しんでいただければ嬉しいです。
★動作を真似すること。
youtubeを見て、ピアノが弾けた。何度も何度も練習して1時間かけて一曲ひくことができた。
今日は、突然編み物をしてみたくなって10分ほど見様見真似でやってみた。できない。できないけど、この先にはできるな、という手応えを掴んだ。
プロみたいにはできないけど、自分が楽しめる、納得いくものをひとつの完成に持ってけるかもしれない。できないことをやることは、わたしのひとつのテーマだったりする。楽しみながら世界を広げていけたらいいな。
★佇まい、自分の眼を信じること
わたしの大切なものとの関係性をもう一度考え直すターンが来ている。ずっと考えてたけど、リセットして、次はあなたがやる番よ、みたいなターン。(まだ形にするのに時が必要と思ってるけど、案外近いのかも)
ひとつひとつ思いついたことをやってみて、その先に手応えがあるんだと思う。ひとつ、ひとつ、多少雑になっても、突然でもいいから、やってみること。引き続き、試してみよう。調子がよくないときは、内観しなさい、今これに気づいてってことだから、それはそれに従って休みながら、ゆっくり向き合ってほしいな。
ある人が、石との関係性の話をしていて、石の種類じゃなくて、佇まいとか空気を大切にしたいと書いてあった。なるほど、と思った。多少植物の勉強はしたかったけど、どうしてもやる気がおきない。そうか、植物の名前を覚えるのに興味がないのか。覚えられないと思ってたけど、そうじゃなくて、覚えることに興味がない。歩きながら植物ウォッチングして、あの子はなんて種類だっけなー?とは思うけどそれ以上は面倒になってしまう。
※図鑑でチラリと知るのも面白いけれど、完璧主義が発動して、深く検索し始める前に呼吸に戻って、なにしたかったんだっけ?って尋ねてほしい。いつも同じことを答えてくれるはずだから。
*
今日は、山師さんから届けてもらう植物を売ってる方のアトリエにお邪魔した。
植木屋やってたときに、切った枝をどうにかしたいと思い続けていた。そのひとつの答えがこれだと思った。
わたしがやりたいのは、うまく剪定することでも、植木屋で独立することでもなく、植物を愛でることだったんだなあー。
※その延長線上に剪定や手入れ方法があるのなら、多分勝手にやるだろうから、頑なに考えないように。
ひとつひとつ気付いて、ひとつひとつ形になっていくだろう。自分の眼を信じていれば。
わたしも自分の眼で見つけたものを大切にしていこう。
めちゃくちゃ長くなっちゃった。
わたし自身の対話だけど、誰かにも響くものがあれば嬉しいです。
それでは、また。
おやすみなさい〜